
-成果は1%- 〜八代総合病院だより 『すこやか』 2012年新年号 病院長挨拶より〜
謹んで新年のお慶びを申しあげます。
昨年は、何と言っても全ての日本国民が大変なショックを受けた3.11東日本大震災とそれに引き続く原発事故があり、本当に心を痛めました。まだまだ復旧すら儘ならない状況ですが、雄々しい復興を信じております。
さて、八代総合病院におきましては、皆さま方のご支援のお陰によりまして新築事業も順調に進んでおります。現在、着工後、丁度1年になりますが、「男気」と「なでしこ」の2機のタワークレーンと伴に地上部分の鉄骨構造が遠くからも見えてきており、市民の皆さん方からも、「太か鉄骨が日に日に立ちあがってきて、私たちも嬉しか」と言って頂いて、職員一同、さらにモチベーションを上げております。
産経新聞の6面あたりに「次世代への名言」というコラムがありますが、昨年11月ごろに孔子の荀子から採られた名言が掲載されていました。それは「年若いころ、強めて学ばなかったがために、年老いたときに人を教えることができない。恥ずべきことである。」というもので、なかなか奥深いものでした。「強めて」は「つとめて」と読んであり、如何にも「学ぶこと」への膨大な労力と習得の困難さを表現しております。また、「年若いころ」と「年老いたとき」の区別も頭を痛めます。例えば、「公に貢献するという価値観」は、如何に年老いていても毎日毎日磨かなければ直ぐに錆びついてしまいますので、一生磨き続けなければ研ぎ澄まされるものではありません。そして、最後の「恥ずべきことである」の一文は、正に、わたくしのような怠惰なこころをもつ者を直撃し、否応なしに背筋がピンと伸びてしまいます。
どうも、この孔子の言葉は、年若い人へ直接言っているではなく、世の中が随分わかってきた大人がさらに修行しながらその苦行の結果を若い人へ教えるべきと言っている言葉、のような気がしてなりません。
この八代総合病院に参りましてから、5年が経ちました。その間、熊本市の自宅には週末に一寸帰るだけですので、換気も儘ならない自宅は荒れ放題です。大みそかの午後に、女房からきつく言われて、汚くなった書斎を一念発起、掃除しましたら、大学院時代やNIHに留学していた時の研究に関する大きな段ボールが5個も出てきました。そして、その99%が失敗に次ぐ失敗のデータで、他人が見たら、大金をかけた単なる屑です。
わたくしに世の中で特に辛いものを1つ挙げてみてと言われたら、間違いなく真っ先に、「研究」と答えます。ここで、一口に研究と言っても、研究には2種類ありまして、1つは「安全研究」で他で出た良い結果を真似して数を増やしたり、数で業務報告をしたりすることで、必ず成果がでることは分かり切っている訳ですから安全・安心なリスクのない研究です。一方、「真の研究」は、誰も未だ挑戦していない本当の研究で、リスクにも高低ありますが、成果を出すのに死に物狂いです。リスク極まりない前人未到の研究は、万が一、大当たりすればノーベル賞ですが、本気で足を踏み入れた人の大部分は命を無くします。例えば「がん研究」におきましても、超秀才なのに結果が出ないために屍となった多くの研究者を知っています。幸いなことに、わたくしには、すべてお見通しの神様が付いておられて、「怠惰なお前に真の研究は向かん!」と思し召して、危ういところで足を洗わせて頂きました。そして、それなりの1%の成果と、さらに有難いことに、その膨大な99%の失敗副産物のお陰で、かけがえのない友人や経験・知識を得ることができました。
わたくし共の八代総合病院は、「公に一肌脱ぐ」が合言葉でございます。その実践のための「アスクレピオスの杖」は、上記の通り、1%の成果に向かって、毎日毎日磨かなければ直ぐに錆びついてしまいます。これからも、「質の高い医療」と「患者さんを癒す医療」に加えて「新病院建設」を、全職員が一丸となってさらに努力して参りますので、今後とも、皆さま方のさらなるご支援を何卒よろしくお願い申し上げます。
平成24年 1月
-西の「男気」と東の「なでしこ」- 〜八代総合病院だより 『すこやか』 2011年秋号 病院長挨拶より〜
皆さま方のご支援のお陰によりまして、八代総合病院の新築事業も順調に進んでおります。
現在、着工後約10カ月になりますが、やっと丁寧な地下基盤工事ならびに地下1階部分の工事が終了し、
ついに、地上部分の鉄骨が見えてきて、ようやく市民の皆さん方の期待に添えてきたものと拝察いたします。
ところで、これから順次2台のタワークレーンなるものが登場し、新病院を高層建築へ創り上げていくことになっております。
これらのタワークレーンには通常ニックネームを付けることが習わしとなっているそうで、
今回、西側に立つクレーンを「男気」、
東側のものを「なでしこ」と名付けました。
わたくし共の総合病院は、戦後の荒廃した地域医療を再推進するために昭和23年に厚労省社会保険庁によって設立され、
爾来63年間に亘り、この八代地域の医療を担い、住民の皆さまの健康保持に貢献して参りました。その歴史は、
当病院年報を紐解けば、誰でも目の当たりにすることが出来ます。そして、平成20年には年金問題から社会保険庁が解体され、
根なし草のようになっておりましたが、この度、国会にて「独立行政法人地域医療機能推進機構」という公的機関として再出発することが決議され、
さらに住民の皆さまのために地域医療を推進していこうと意気込んでおります。
このように、地方の1病院でさえ、記録を辿ることによって明確に自分の過去の歴史を辿ることが出来ます。
当院の真の歴史を知ることは極めて当然のことであり、そのことによって過去の先達の苦労を認識することができ、
将来に向けて、わたくし共が日本国の中でどのように地域医療を推進し、住民の皆さまに貢献すべきかが明確となる訳でございます。
アメリカという国に個人的には何の恨みもありませんし、逆にワシントンでは色々な良い物を見せてもらい医学研究の素晴らしい経験と業績が出来、
さらに当院の建築にも大いに参考にしているところが多く、とても感謝しています。
ところが、日本は戦後、「二度とアメリカに歯向かえないようにするための対日本政策」によりまして、骨抜きにされてしまいました。
わたくしは、まだまだ勉強しなければならない弱冠56歳ですが、何の因果か、何の意図か、何の聖域か知りませんが、本当の明治・大正・昭和戦前の歴史を全く教えられておりません。藤原正彦さんは「日本人の誇り」という著書の中で、「特に日本の昭和史は汚らわしい」「日本は、国民1人1人は大人しいが、軍部が恐ろしい侵略を行った。集団になると暴走するので、自衛のためと言えども軍隊などとんでもない」「自前の憲法など作れる国民ではない」というのが一貫する日本の誤った教育なので、「アメリカによる戦争の罪意識を日本人に扶植する計画」と「日本国家自己崩壊システム」はずっと機能している、と極めて的を得た指摘をしています。従いまして、我々日本人はいつまでも中国や朝鮮の非難や不法行為に毅然として反論することもできずにただただ屈するばかりです。今こそ、私達の自分自身の先祖が築いた真実の明治・大正・昭和戦前の日本史をじっくり勉強するべきです。そして、これからは、先ず真の昭和史だけでも明らかにして、事実が歪曲された部分があればこれを力強く訂正し、日本国の価値観と今後進んでいく道を世界に向けて鋭意何度も発信させ、これから脈々と続いていく日本人子孫のためにプライドを再確立していかなければなりません。
今夏7月17日、若い「なでしこ」日本女子サッカーチームはやってくれました。何とアメリカに勝って世界一になるなんて、誰が想像したでしょうか。また、直ぐにいい時だけのマスコミに操られてしまうのが常ですが、「なでしこ」は澤主将を先頭に全然浮かれていません。これまでの艱難の歴史をプライドにして大したものです。今後の活躍にワクワクします。
生年月日からするとわたくしと同年の経済産業省の高級官僚であった古賀茂明さんは、日本を良くするために官僚制度を真剣に模索し改革しようとしましたが、矢張り、もっとお偉い団塊の世代の官僚や政治屋によって辞職に追いやられてしまいました。ワクワク感が木端微塵に吹き飛びました。テレビなどで拝見していると、軸は何時もズレテおらず、日本のために命を賭けてもよいような「男気」が感じられ、真のリーダーとお見受けしていましたが極めて残念です。是非、今度は政治的な方面から捲土重来リベンジして、「男気」で日本を良くして頂きたいものです。
わたくし共の八代総合病院は、「公に一肌脱ぐ」が合言葉でございます。併せて、以上述べましたような心を込めまして、2機のタワークレーンのニックネームを西は「男気」と東は「なでしこ」に致しました。これからも、「質の高い医療」と「患者さんを癒す医療」を全職員が一丸となって努力し、その実践の場である「新病院建設」を、将来の八代の新しい街創りと地方からの国創りを見据えながら鋭意行って参りますので、これから当分の間、東西で大活躍する「男気」君と「なでしこ」さんをどうか可愛がってやって下さい。
日本国家の将来を想うに相応しい秋の夜長の折でございますが、今後とも、皆さま方のさらなるご支援を何卒よろしくお願い申し上げます。
平成23年11月
-美しいものが真実であり脈々と続く- 〜八代総合病院だより 『すこやか』 2011年夏号 病院長挨拶より〜
この度、国会議員の先生方をはじめとするご尽力によりまして、難産でございました「独立行政法人 地域医療機能推進機構法案」が国会にて成立し、今後、当院を含む全国の社会保険病院が新たな公設として出発出来ますことを、皆さまにご報告し、ご尽力いただきました各方面、特に県出の国会議員の先生方に心から感謝申し上げる次第でございます。誠に有難うございました。
また、皆さま方のご支援のお陰によりまして、八代総合病院の新築事業も順調に進んでおります。市民の皆さまから「新病院はまだ地上に見えて来んですねー、本当に来年12月に出来っとですか」とご心配を頂いていますが、現在、東日本大震災級の地震にも耐えられるように6か月にも及んだ丁寧な地下基盤工事を終え、順調に地下1階部分の工事を進めているところでございますのでどうかご安心ください。
これまで新病院の地下掘削を終えるまで、大量の土砂を現場からダンプカーで搬出した訳ですが、工事現場前も含めてそのダンプカーが通った公共道路が一切汚れておらず美しい、との市民の皆さまからのお褒めの言葉を頂いております。わたくしも実はその美しい道路を見て、新築工事における完璧な進捗状況の真実の一端と安堵している訳でございまして、清水建設ならびに日建設計の仕事ぶりを高く評価し、とても感謝致しております。
ところで、名前は忘れましたが、外国の偉い数学者が、「美しいことと真実であることは、同じものを違った側面からみていることに他ならない」と言ったそうです。成る程、自分がこれまでに把握している万物を司る法則や数式は、それが真実である限り、全てがシンプルで美しいものばかりです。
医療におきましても、効果の優れている薬は、必ずと言っていい程、美しい構造と作用機序を持っております。外科系手術の時は、如何に人体が素晴らしく美しいものであるかに驚かされます。また、美しい手術であればある程、がんの手術の場合にはその根治性が高まります。さらに、切り取った臓器の代わりになるものを腸などで作り直しますが(再建といいます)、シンプルで美しい再建は、その代わりの機能をいかんなく発揮してくれます。
前回お知らせ致しましたように、わたくしどもの八代総合病院は、東日本大震災の直後から、義援金を集め始めましたが、有難いことに患者さん等から20万円、全職員から80万円の募金がありました。そこで、その心意気にお応えするために院費を加え、皆さま方の「温かいこころ」を“1千万円”という形に致しました。一方で、大災害から既に4か月以上も経過した現在でも、全国で集められた義援金のたった2割しか被災地に届けられていないと聞くに及び、わたくしの責任は、その善意がきちんと被災地の皆さんに有効に使われ且つ行き先が分かるような形にすること、と考え、当地は被災地から遠隔地ですので、相模野社会保険病院の内野病院長にご相談しましたところ、有難いことに色々とご高配頂きました。そして、その内訳は、①いわての学び希望基金(震災で両親を亡くした子供たち)に350万円、②共同支援ネットワーク(復興に必要な車両3台)に370万円、③全国コミュニティーライフサポートセンターに100万円、④福島県会津坂下町(原発被災地)に100万円、⑤東北地区社会保険病院に80万円、となりました。直ぐに感謝状やお礼状を頂きましたので、病院玄関に掲載し、患者さん方にご報告いたしております(写真)。皆さまのお陰で、大変悲惨な大震災でございましたが、とても美しい八代のこころを行き先が分かる形で被災地にお届けすることが出来ました。ご協力、誠に有難うございました。
わたくしどもの八代総合病院は、「職員自身がかかりたい病院にする」「公に一肌脱ぐ」を合言葉に、「質の高い医療」と「患者さんを癒す医療」を全職員が一丸となって努力し、現在、その実践の場である「新病院建設」を、将来の八代の新しい街創りと地方からの国創りを見据えながら鋭意行っておりますが、当院の外観や内部も、シンプルで美しい建築となっております。 くだんの数学者の言葉が真理であれば、新病院は素晴らしい機能美を発揮しながら、八代の息の長い新しい美しい街創りにも持続的な貢献をしていくものと確信致します。
猛暑の折ではございますが、皆様方の倍旧のご支援を何卒よろしくお願い申し上げます。
平成23年7月
新年度病院長挨拶 −A brave new world− 〜八代総合病院だより 『すこやか』 2011年春号 病院長挨拶より〜
八代ならびに県南地域住民の皆様方と当院の全職員からの強い要望であった八代総合病院の新築事業が厚労省に認可され、新聞にも掲載されましたように平成23年1月21日に起工式を執り行いました。本当に、各方面の皆様方のご支援に対しまして、心から感謝申し上げる次第でございます。そして、現在は、地下30mの岩盤に達する直径1.8~1.2mの鉄筋コンクリート柱を約90本打って、地下1階・地上14階の高層100年建築を支える土台として、どんな地震にも耐えられるような地下基盤工事を慎重かつ着実に進めているところでございます。
そんな折も折、3月11日午後2時46分にマグニチュード9.0の日本史上最大の大地震が東北・関東地方を襲いました。この大震災は、世界天災史に永遠に残る大災害であり、テレビから映し出される悲惨な光景に目を覆うばかりです。そして、世界中からも応援の声が高まっておりますが、一方、日本国の対応ならびに「日本人のこころが如何なるものか」が注目されております。
私が30年来の長きに亘り、お付き合いをさせて頂いている崇城大学教授のピーター・フラハティー先生からもショックを受けているとのメールがあり、その中で、今後は日本を “A brave new world”にしていきましょうとのコメントがありました。わたくしはこの “brave”という単語に将来の日本に対する先生の大いなる愛情と期待を感じました。ところがその言葉の裏には、現在の日本社会の有り様に落胆され、“brave”とは到底感じておられないことがはっきりと読み取れました。
同時に、先日わたくし共の論文がアクセプトされたニューヨークのエディターからもお見舞いの手紙が来ましたので、
Thank you very much for your letter of support.
(お励ましのお手紙有難うございました。)
I greatly appreciate your deepest sympathies.
(深い思いやりに心から感謝しています。)
The Tohoku disaster in our country is really shocking in its devastation.
(私も、今回の我が国の東北大災害による惨状を見てとてつもない衝撃を受けました。)
Although it happened in far distant area from here (Yatsushiro City),
(八代市は災害地から遠く離れておりますが、)
we Japanese citizens are now putting up a united,
(わたくし達、日本国民は、今、一丸となって立ち上がり、)
and have become active to build “a brave new world”.
(もう既に、以前よりもさらに雄々しい国創りに向けた復興に心血を注いでいます。)
Thank you very much, again.
と返信しました。
わたくし共八代総合病院は、東北大震災の直後から、義援金を集め始めましたが、全職員ならびに患者さんから、有難いことにどんどんと募金があり、ある患者さんはご自身も大変であろうにも関わらず、一万円の寄付をされるなど、八代地域の「こころ」に感動致しました。そこで、その意気にお応えするために、当院の医師をはじめとする職員に相談致しましたところ、現在、当院も新築事業で大変ではございますが、皆様方の「温かいこころ」を“1千万円”という形にして被災地にお送りすることでわたくし共の「こころ」も一致いたしました。本当に、古代ギリシャの言葉「人とは何と美しいものか、人が人である時には」は八代地域でも真実でした。皆様方のご協力、誠に有難うございます。
わたくし共の八代総合病院は、「職員自身がかかりたい病院にする」「公に一肌脱ぐ」を合言葉に、「質の高い医療」と「患者さんを癒す医療」を全職員が一丸となって努力し、現在、その実践の場である「新病院建設」を、将来の八代の美しい新しい街創りと地方からの素晴らしい国創りを見据えながら、鋭意行っております。
今年度とも、皆様方の倍旧のご支援を何卒よろしくお願い申し上げます。
平成23年3月
−アスクレピオスが舞い降りる− 〜八代総合病院だより 『すこやか』 2011年新年号 病院長挨拶より〜
八代総合病院は、医師会の先生方、熊本大学医学部教授陣、行政ならびに地域の皆さまのご支援によって、八代地域医療の主軸として社会に貢献できるようになり、ついに、この平成23年の新年早々、八代地域住民にとっても当院の職員にとっても、正に念願であった新病院建設事業が起工いたしました。本当に皆さまのお陰と心から感謝申し上げる次第でございます。
ギリシャ神話に登場するアスクレピオスは、皆さんがよく見かける半人半馬の賢者ケイローンに育てられましたが、師を凌ぐほど医学に才能を発揮しました。やがて独立し、その医術の技は、益々熟達し、ついに死者までも生き返らせることが出来るようになりました。 そして死後、天に召し上げられて、「へびつかい座」となり、医の神様として神の一員に加えられました。その杖にヘビの巻きついたモチーフは「アスクレピオスの杖」(蛇杖)と呼ばれ、医の象徴としてWHOをはじめとして世界的に用いられています。わたくし共も、「アスクレピオスとその蛇杖」を年報の表紙にデザイン化しております。そして、実は、何と、この医の神アスクレピオスが新病院の正面玄関ホールの階段前に舞い降ります。
4年前までは、当院は熊本県で最も危機的病院でございましたが、皆さま方のご支援のお陰で経営も短期間で良くなりました。次に、何という幸運か、その経営が良くなった途端、八代総合病院の斜め前の八代白百合高校が移転することとなり、この八代において利便が最高の中心市街地に新病院建設予定地を購入できました。そして、熊本大学医学部教授陣のご高配により、素晴らしく優秀な医師団を派遣して頂き、八代地域住民に極めて質の高い高度な医療を提供できるようになりました。正に、遠く「へびつかい座」から、医の神アスクレピオスが采配しているとしか考えられません。
年末のテレビが、東大に合格したのに東大をやめてアメリカの大学に入学しなおした学生にインタビューしていました。学生曰く、「こんな米国の歴史ある美しい建物の中で勉強出来て幸せだし、プライドが育つ」「教授に阿ることなく競争しているが、間違いなく正当な評価を受けている」「せせこましい日本を脱出して良かった」。日本にも良い物は沢山あります。ところが、どうもその良い物は戦前の物に限られるようです。戦争によって失ったものが今、日本に極めて悪い影響を残してしまったのでしょうか。アメリカの戦後の対日本政策によるマインドコントロールにやられてしまって、私を含めていい大人が骨抜きにされてしまいました。くだんの学生も含めた若い人達もがっかりするような日本になっちゃいました。それでも、いい大人は、まだまだ、体裁を作るのに一生懸命です。残念です。ここはひとつ、当院の新病院では、アスクレピオスに舞い降りてもらいましょう。そして、どんな形で舞い降りて頂けるのかについては、竣工の時を楽しみにしていて下さい。
人間は皆、死に向かって一直線です。しかし、生きている間は、プライドを持って、公に貢献しなければなりません。そして、次の世代、その次の世代へと脈々と更に良いものを渡していく努力をしなければなりません。当院の職員全員は、プライドを持ったプロの医療人として「一肌脱ぐ」ことによって、最新のチーム医療を行うのみならず、子孫に脈々と引き継ぐべき新しい街創りの契機として、新病院を建設して参ります。
本年も、皆様方の倍旧のご指導とご支援を何卒よろしくお願い申し上げます。
平成23年1月
-日本における石垣の一つたらん-
この度は、先ずもって、八代総合病院の新築事業の着工が、平成22年9月30日付で、厚労省に認可されたことをご報告申し上げます。
これまでも申し上げて参りましたように、当院は、医師会の先生方、熊本大学医学部教授陣、行政ならびに地域の皆様のご支援によって、八代地域医療の主軸として公に貢献できるようになりました。そこで、老朽化した当院の新築事業をスタートし、1年がかりで、「さらに質の高い医療が実践できる病院、且つ、八代の新しい街創りの中心となる建築」の設計が完了いたしましたので、様々な方面に働きかけて、今か今かと着工の認可を待っておりましたが、上記の通りで、本当にほっと致しております。各方面の皆様方のご支援を心から感謝申し上げる次第でございます。
実は、私は、熊本城主です。10年程前に熊本城主となりました。とはいえ、単なる1口城主です。熊本城築城400年改修事業のため、住民に寄付を募るための素晴らしい熊本市のアイデアと思いましたので、真っ先に「一肌脱ぎ」ました。当時は、1口城主も少なかったこともあり、一時期、冗談で、名刺に「熊本城主」と入れ、特に、県外の人に差し出すと目を丸くされましたが、「なーに、1口城主です。熊本城に何万あるか知らないその石垣に挟まっている小石のひとつです。でも間違いなく熊本城を支えています。」と言いますと、大受けです。年賀状に「熊本城主殿」と書いてくる粋な人もいました。今やその1口城主というアイデアが好評で、何億円もの寄付が熊本城築城400年改修事業のために集まっていると聞いています。そして、本丸御殿を中心とした400年改修事業は成功裏に終わり、さらにぞくぞくと寄付は集まっていると聞いています。本当に素晴らしいことです。
私の1口城主は、正に、石垣に挟まっている小石のひとつですが、わたくし共の八代総合病院は、日本の医療における重要な石垣の一つになると自負しております。何故ならば、当院は、ほんの4年前までは熊本県で最も危機的病院でありましたが、「職員自身がかかりたい病院にする」「公に一肌脱ぐ」を合言葉に、「質の高い医療」と「患者さんを癒す医療」を全職員が一丸となって努力・実践したことによって、あっという間に全国社会保険病院のトップクラスの医療と経営を行えるようになり、上記の通り、すでに、極めて高度な地域医療を行える「新病院建設」の着工を果たしたからでございます。
また、表題に「日本の医療における石垣」と書かずに、単に「日本における石垣」と書きましたが、それには理由があります。前述の通り、当院の建築は、質の高い医療の実践を目的とするのみならず「八代の新しい街創りの中心となる建物」であり、日本の地方の町を美しく変えていくことも視野に入れているからでございます。
ヨーロッパや私が暮らしたワシントンDCは、本当に街並みがきれいです。そして、美しい街並みに住んでいる人々は、必ず、自分の街にプライドを持ち、「他人に一肌脱ぐ心」が自然と根付いています。そして、さらに重要なことは、そのプライドや「他人に一肌脱ぐ心」は、子孫に継承され、脈々と生き続けているということです。ところが、戦後の日本の街はどこもアバタのようです。自分が生きている間だけ良ければ良いという刹那主義は、人間の心を不毛にし、私利私欲に走らせ、日本人にプライドや「他人に一肌脱ぐ心」を育みません。このような日本では、元気が出る筈もなく、外交、特に中国に毅然とした態度を取れる訳もありません。今こそ、このような不況の時代だからこそ、じっくりと将来に向けたワクワクする質の高い街創りが極めて重要と考えます。
本当に、病院新築事業はこれからがスタートでございます。また、継続して、質の高い医療の向上にも努めて参ります。
今年度とも、皆様方の倍旧のご指導とご支援を何卒よろしくお願い申し上げます。
平成22年10月
− 「一流」 は 「感動」 − 〜八代総合病院だより 『すこやか』 2009年夏号 病院長挨拶より〜
最近は医療事情が更に厳しく、自治体病院や社会保険病院などの公的病院は赤字病院が80%以上になりました。わたくし共の八代総合病院は、医師会の先生方、熊本大学医学部教授陣、行政ならびに地域の皆様のご支援のお陰で、全職員が生き生きと医療のプロとして努力させて頂いております。そして、いつも皆様方のご支援に感謝申し上げております。
教育と医療は国の基盤である筈なのに、「姑息的な日本の政治」に振り回されています。一生懸命に努力している公的病院が赤字になってしまうということやお金がなければ良い教育が受けられないことは、医療費・教育費削減政策という日本の悪政の結果に他なりません。医療や教育にお金を使わなければ、我々の子孫に良い未来はなく、国は必ず滅びます。また、「教育と医療は国の基盤」ですから、医療と教育に携わる人は、その道のプロである必要があります。
私は、大体、音楽を知りません。アメリカのワシントンにいた頃、八代から母親が一世一代の旅行をしに来るというので、女房が、アメリカで最も評判のミュージカルをやっていたケネディセンターの「オペラ座の怪人」の予約をしました。しかし、何ヶ月も前から、予約で埋まっていて、立ち見席しかありません。私は、ミュージカルなんて興味がないし、立ち見席なら尚更行かない、と主張しましたが、強制的に連行されてしまいました。そして、あほらしいなと思いながら、開演前にワインをかっ食らって入場しました。ところが、サラ・ブライトマンのこの世のものとは思えない歌声に、不覚にも涙し、数時間立っているのも忘れていました。母親もこの上なく感動し、満員の聴衆の拍手は鳴り止みませんでした。
私は、大体、ゴルフが下手です。ところが、ワシントン近郊で毎週土曜日やっていると、それなりに出来ます。日本に帰る前、思いがけず、ABC放送の人気番組「プロをやっつけろ」にたまたま出演し、優勝してしまいました。その賞品が、その当時、4大トーナメントで優勝したグレッグ・ノーマン、トム・カイト、フレッド・カプルズ、ペイン・スチュアートの4天才選手によるスキンズ・ゲームの晩さん会付き招待券でした。場所は、世界的に有名なカリフォルニアのパーム・スプリングゴルフ場。ワシントンからロサンゼルスへ行き、一泊しました。その時、何と、でかでかの「オペラ座の怪人」の看板が劇場に。直ぐに予約し、今度は指定席が取れました。夜になり、期待を込めて、またワインを飲んで、ゆっくり指定席で、「オペラ座の怪人」を観賞しました。ところが、不思議や不思議、舞台装置の豪華さもケネディセンターとまったく同じなのに、何の感動もありません。配役が違っていたのです。サラ・ブライトマンもいません。ロサンゼルスですから、二流ということは決してありませんが、出演者でこんなに天と地ほども違うとは、と考えさせられました。そして、自分も一流にならなければ患者さんをこんな目に合わせてしまうことになる、と奮い立ち、ワシントンに帰り、ゴルフを止めました。
最近、当院外科から、がんの腹膜播種再発阻止に関する論文を、世界で最も権威のある外科雑誌「Annals of Surgery」に出しましたら、高い評価を得、来る8月号に掲載されることになりました。日本全国の大学医学部からもパスすることは困難なジャーナルに掲載されることは、まさに、八代総合病院の名誉であり、当院が世界レベルの医療を、一流の心意気で実践することを日々努力していることを世に示すものであります。
今後、皆様方の倍旧のご指導とご支援を得ながら、益々、「職員自身がかかりたい文化溢れる一流の八代総合病院」になって参りますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
平成21年7月
−「文化」とは「一肌脱ぐこと」とみつけたり− 〜八代総合病院だより 『すこやか』 2008年秋号 病院長挨拶より〜
病院長に着任しまして丁度2年が経ちましたが、この2年間は八代総合病院にとって正に激動の期間となりました。しかし、当院が驚くほど短期間に再生できましたことは、医師会の先生方、熊本大学医学部教授陣、行政ならびに地域の皆様のご支援と当院における全職員の努力の賜と感謝致しております。
地域社会ならびに組織における集団のレベルを考えた時に、そのレベルの高い低いを決定するものは何かと思案しますと、行き着くところは「文化」ではなかろうかと思います。図に示しましたように、横軸に集団のレベル、縦軸に人間の数をプロットしますと、例外に洩れずその分布はポアソン分布を示します。そして、集団のレベルが低い場合にはポアソン分布は左にズレますし、高ければ右にズレます。そして、そのズレを規定するものが、すなわち、「文化の力」ではなかろうかと私は考えます。
私はこれまでに、熊本、北九州、弘前、ワシントン、八代と各地で生活してみて、暮らしやすかったところは熊本とワシントンでした。熊本は一番長く生活したからだと思いますが、一番多くの人々と付き合いましたお陰で、素晴らしい人材と密接なお知り合いにならせて頂きました。様々な忠告を頂き、指導と激励を受け、進歩や達成の度にお褒めの言葉、残念ながら失敗した時にもねぎらいの言葉を頂戴しました。しかし、どんなに失敗しようが、密接なお知り合いになった方々の私に対する評価は一切ぶれることはありませんでした。私は、そのことに驚き、そして、そのような先達を持てる自分を幸せに思いました。
また、ワシントンは流石にアメリカの首都ということもあり、プライドをもった人々が住んでいる街でした。よく挨拶をし、よく人の名前を覚え、よく褒め、よく批判し、よくジョークを言い、よくサプライズやアメリカンドリームを貴ぶ人々の集団でした。そして、両地域で、何かしらハッピーにそれでも良い緊張を持って暮せたという事実の根底に流れる共通のものが何であるかを慮ってみますと、矢張り、「文化」を持った人々が平均よりもさらに沢山いたということに尽きると感じました。
それでは、その守備範囲の広い「文化」という言葉を分かりやすく凝集してキャッチコピーで言い表すならば何になるのだろうかとこれまた思案してみますと、何という偶然か、私が着任以来言い続けてきた「みんなで一肌脱ごうじゃないか」ではないかと思うに至りました。人々を幸せにする「文化」が、接してきた「文化人」のお陰で、知らず知らずの内に有り難くも身に付いてきているのかも知れません。
「一肌脱がない集団」の中にいる人間の気持ちほど無味乾燥なものはなく、やりきれない社会ではないかと思います。特に、病院がそのような集団であれば、職員間の真のチーム医療が出来ないばかりでなく、患者さんが満足できるはずがありません。従って、当院が掲げる「自分自身がかかりたい病院」創りに、今後さらに必要なものは、「一肌脱ぐこと」であり、それが「文化」であります。
私は、再生なったこの八代総合病院が更なる飛躍を遂げるためには、文化溢れる総合病院になっていくことが必要条件であると心から思っていおります。今後、必ず「自分自身がかかりたい文化溢れる八代総合病院」になって参りますので、皆様方の倍旧のご指導とご支援を何卒よろしくお願い申し上げます。
平成20年11月
全国社会保険協会連合会